大阪家庭裁判所堺支部 昭和33年(家イ)73号 審判 1959年11月27日
申立人 山中清子(仮名)
相手方 山中和男(仮名)
主文
申立人と相手方とを離婚する。
双方間の長女喜美子の親権者を申立人と定める。
理由
当裁判所が調査した結果によると次の事実が認められる。
1 申立人と相手方とは昭和二六年六月○日婚姻し、その間に翌年一月○日喜美子をもうけたが、婚姻当時数箇月間、相手方は○○○○株式会社に勤務していたので双方間の婚姻関係も比較的に順調であつたところ、同二六年暮頃相手方は友人の勧告で○○相互銀行に職を転じたが思わしくなく、その後独立して事業をはじめたこともあるがこれも失敗に終り、そのため自棄的な気分から飲酒にふけるようになり時には申立人に乱暴するようなこともあつて夫婦仲も次第に円満を欠いて冷却し、遂に申立人の祖父の死亡した同三一年六月頃、相手方が充分な理由がないのに祖父の葬儀に参列しなかつたことなどを契機として双方の婚姻関係は完全に破綻し、その為め申立人は葬儀のため実家に帰宅したまま相手方の許に帰らず同人と別居するに至り、その後同年九月頃相手方は家財の一部を携えて家を出て神戸に赴き同地で日傭、工員などの労務に従事してきたものであるが、その収入は挙げて自己の酒食に費消し申立人の許に残してきた長女のため養育費の仕送りもせず申立人及び長女を放置して現在に至つたものであること。
2 相手方は上記別居の頃申立人に対し離婚に異議ない旨の書面を交付していたものであるが、本件調停申立後一度は離婚の意思を飜えし「長く苦労をかけ音信も出さずにいた点はあやまる、考え直して一緒になつて欲しい、親子三人で円満な家庭生活の継続を希望する」と述べるに至つたものの、依然従前の生活態度を改めず、申立人らを迎えて家庭生活を再建しようとの熱意を何ら示さないまま数箇月を経過し、その間当裁判所調停委員会に出席し「申立人の離婚意思が強固である以上離婚の点は異議ないが、子の親権者を申立人と定めることには反対である」との意向を示したこともあり、又当裁判所宛の書簡で「双方共深い溝ができているので復活は困難である離婚は却て望む所でお互い幸福のために一日も早く解決し、解放されたい気持で一杯である、この際調停裁判を取下げて協議離婚したいと考えている、なお子のことについても今までの意地を捨てて子の幸福のため納得のゆく限り譲歩したく思つている」旨を述べ、更に申立人及びその親族一同に宛てて上記同趣旨の書簡を寄せたこともありながら、申立人からの協議離婚の申入れに対しては言を左右にしてこれを拒否し、その後調停委員会からの呼出にも応じなくなり不出頭を重ねて年余を経過したこと。
3 相手方はその後に引続いて現在も飲酒にふけり只一人で自由放縦な生活を続け申立人らを放置して顧みず離婚の件についても誠意ある態度を示さないので、当裁判所は同三四年八月二八日当庁調査官に相手方の現在の心境及びその生活状況などの調査を命じ、同年九月二三日神戸に住む相手方の寄宿先に赴かせしめたが相手方不在のため面接できずその後も同調査官において懇切に相手方に対し書面及び寄宿先の管理人を通じて面接の連絡方を求めたところ、相手方は月余を経過して漸く同年一〇月二三日、当庁調査官に「何時までも辛抱強くこんな生殺しの状態を続けることの良否はよく分つておりますので、色々と諸事情を熟慮の上、来る一一月一四日土曜日晴雨に拘らず午後二時前後○○荘の私の部屋で食事でも致しながら軽い気持でお会いしたく思つている、日時については如何なる突発事があるとも変更しないが、場所は変更するかも知れない」旨の書簡を寄せたので、当裁判所は同書簡に現われた相手方の所信態度、申立人の現況、その他の諸事情殊に相手方の申出の日時場所方法において調査官が面接することの弊害を考慮して、最終の調停期日を相手方から申出のあつた一一月一四日と指定して双方にその出頭を求めたが、該期日には申立人のみ出頭し、相手方は「当庁調査官が約したとおり神戸でなら会うが、堺の裁判所には出頭しない」旨の書簡を寄せて欠席したこと。
4 申立人は上記のように昭和三一年九月頃相手方が家を出て後、相手方から長女の養育費の仕送りもないところから、ガソリン販売店に勤務し又実母らの援助を受けるなどして、自己と長女との生活を辛うじて支えてきたものであるが、相手方の別居後現在までの生活事情及び申立人らに対する行為態度からみて、相手方には誠意をもつて申立人らと夫婦親子として共同生活を営む意慾が全くうかがわれないのみならず、長女の養育費を請求してもこれに応じて履行してくれることも全く予想されないので、最早これ以上相手方と婚姻関係を継続しても将来の見込がないし、又婚姻関係を継続する意思もなくなつたので、相手方と離婚し長女の親権者を申立人と定め、従前通り自ら長女の監護教育に当りつつ名実ともに独立した生活に入りたいと希望していること。
叙上認定の事実からみると、相手方がその職を失い事業に失敗し飲酒にふけり現在のような状態に立至つたことについて、相手方としてはそれ相当の理由あることと考えているかも知れないが、相手方の学歴能力からすれば相手方さえその気になれば立ち直ることも可能であつたに拘らず、家庭生活を再建しようとの熱意も行動も何ら示さず、申立人及び長女の生活を捨てゝ顧みないこと三年余に及んだのは、何と言つても相手方の夫として又子の父としての誠実を欠く生活態度に基因するものと言つてよく、従つてこのように婚姻関係が破綻するに至つた責任はすべて相手方側にあるものといわなければならないし、又将来を展望しても双方の現在の心境及び生活状況からみて婚姻関係の円満な継続は到底期待できない事情にあるものと認めざるを得ない。
ところで当裁判所調停委員会においては、婚姻関係が優れて人間的な関係であること及び双方間に長女がいることなどを考慮して、双方の自由な意思に基く協議によつて本件婚姻関係を平穏に解決することを期待し、相手方の任意の出頭を求めるため極力配慮し又その納得を得るように種々尽力を続けたが、相手方の理由なき不出頭と誠意を欠く態度のため終に調停不調のやむなきに至つたものである。しかしながら当裁判所は叙上の事実及び本件調停の経過からみて、本件婚姻関係の継続は最早たんに形式だけのものであつて当事者双方の現在及び将来に好ましい結果を来たすものとは到底予見されないし、双方ともに本件婚姻を誠実に継続する意思なく、子の親権者指定の点については相手方も嘗ての依固地な気持を捨て子の幸福のため納得のゆく限り譲歩する意思を有するところ、長女は現に申立人の監護を受けて順調に成長しているものであるからこの子の現在及び将来を考え、その他本件に現われた一切の事情を斟酌し、当事者双方のため衡平に考慮した結果、申立人と相手方とを離婚させ子の親権者を申立人と定めそれぞれ新たな人生に向わしめるよう措置するを相当と認め、家事察判法第二四条に則り主文のとおり審判する。
(家事審判官 西尾太郎)